〓 自動車三昧 

 

 子供のころから機械モノが好きだった。
 パソコン関連の趣味は殆ど仕事になってしまって、もはや趣味の域を越えつつあるが、未だ趣味といえる機械モノで最も傾倒しているのが自動車である。

 ここに至るまでには、幼稚園時代の三輪車、小学校時代のデコチャリ(ウインカーがパラパラ踊るアレ)、中学時代の鉄道模型、高校時代のラジコン、大学時代の自転車(ツール・ド・フランスでお馴染みのロードレーサー)と、ちゃんとステップを踏んでいる。われながら言うのも憚られる、ある意味堂々たる経歴である。
 この経歴の中で唯一バイクだけは、君子危うきに近寄らず、怪我をするのが怖くて試したことがないのが惜しまれる。

 ともあれ自動車趣味の萌芽は幼少のころよりあったわけだが、実際に免許を取ったのは司法修習生時代である。大学時代にも取得するチャンスは幾らでもあったが、免許をとっても車に乗れないんでは面白くない。レンタカーじゃ嫌だ。
 かといって親にねだるのも、もっと面白くない。で、自分で買えるようになるまで、臥薪嘗胆、機が熟するのを待っていた。

 かくして満を持して教習所に行ったおかげで、最短時間卒業、試験は全部満点、主席卒業に恩賜の初心者マークステッカーつきであった。このことをある友人に自慢したら
 「で、初心者マークもらって嬉しかったか?」
と問われて、言葉に詰まった。確かに、教習所で18,9の兄ちゃん姉ちゃんの前で、「満点合格!おめでとう」とか言われて初心者マークもらった私の姿を顧みるに、恥ずかしい以外の何ものでもない。
 友人に問われて、初めて気づいた。

 もちろん、司法修習生の薄給ではマイカーを買えるはずもなく、結局、弁護士になるまでペーパードライバーに甘んじていた。

 そして、漸く買った車が、なんといきなりオープンカーである。
 マツダのユーノスロードスターという小型車を買ってデビューを飾ったのである。自動車も女も何事も、遅すぎるデビューは何かと極端に走ってしまうものか。私の場合、このオープンカーを買って運転の面白さを覚えてしまった。当然、いまどき不便なマニュアル車である(これはその後も変わらない。オートマは車ではない。)。

 このオープンカーで、エンストしたり、坂道発進で後続車両をヒヤッとさせたり、縦列駐車に四苦八苦したり、そんなドタバタを演じながら、それでも毎日乗っていた。当時は、イソ弁(勤務弁護士)だったから、それはもう大分厳しく仕事を覚えさせていただいた時期である。
 しかし疲れて深夜に帰宅しても、妻を残して一人で意味もなく走りに出かけた。雨の日も風の日も、雪の日を除いて毎日である。殆ど修行僧の境地といっていい。
 そうやって稼いだ年間走行距離が約2万キロ超である(これはその後も現在に至るまで、こんなもんである。)。件の友人にこのことを話したら、
 「弁護士やめてタクシーやったほうがいいんじゃねぇの?」
と言われた。

 もちろん深夜に走っているだけではなく、仕事でも使ったりしていた。電車で行くにはアクセスの悪い近郊の裁判所に行く日などは、朝からドライブ気分でうきうきしたものである。

 しかし恥ずかしかったこともある。依頼者はじめ関係者が多数待つ、ある現場検証に行ったときのことだ。集合時間よりちょっと早めで、まさか誰も居まいと屋根をフルオープンにしてブィンブィンと乗りつけたら、現場には既に関係者全員お揃いだった。
 図らずも、若先生オープンカーで颯爽とご出馬!てな光景になってしまって、このときは、さすがに顔が赤くなった。

 そうやって車好きが昂じてきて、3年目の車検を迎える前に次の車に乗り換えることにした。今度は関係者全員おそろいの場に登場しても恥ずかしくない車にしようと、黒いセダンだ。
 といっても、スカイラインGTS−tという、これまた走り屋の兄ちゃん御用達のターボつきのハイパワーカーである。「族車」(ゾクグルマ)ともいう。
 もともと、いかにもスポーツカー然とした姿かたちの車はあまり趣味じゃなかったので、この車は琴線に触れた。一見、ただの4ドアセダンだが、走らせるとべら棒に速い。こういう水戸黄門の印籠嗜好が私にはあるらしい。

 結局、このスカイラインも購入当初はただの4ドアセダンだったが、エンジンやらサスペンションやらチューニングして手を入れているうちに、ホントに族車の一歩手前のようなところまで行ってしまった(今、あなたが想像されたようなスモークバリバリ、金モールちゃらちゃら、マフラーボゥボゥという下品な見かけになったわけではないので、念のため。)。見る人が見ればわかるという感じである。

 しかし見る人はいるものである。やはり恥ずかしかったことがある。
 当番弁護で、警察に駆けつけたとき、立ち番のお巡りさんに
 「先生、お若いですねぇ。いや、私も車好きなんすけど、ここまではできませんわ。」
と言われた。

 確かにこんな風にチューニングしてスカイラインに乗るのは、大学生かそこらの若造が殆どである。もちろん、違法改造しているわけではないから正々堂々たるもんだが、そのお巡りさんの『ここまではできませんわ』が、恥ずかしかった。

 以来、警察に接見に行くときは、近くの駐車場に停めて、歩いてゆくことにした。

 このころである。弁護士がスピード違反の挙句事故でも起こして資格を失ったら洒落にならないなと思い始めた。そろそろ独立を考えていた時期でもある。
 実際、民事事件でも刑事事件でも交通事件を好んで受任していた(刑事では在宅が多いので楽だったというのが本音であるが。)。この経験を他山の石として、公道で無茶をするのは止めた。
 もともとたいした無茶をしていたわけではないが(実際、無事故無違反であった。)、弁護士生活を賭けてするほどのもんじゃない。
 たかが趣味である。

 そこで考えたのが、サーキットライセンスの取得である。とりあえず国内B級ライセンスを取得した。件の友人にこのことを自慢げに報告したところ、
 「それってよ、2時間講習受ければ誰でも取れるんじゃねぇの?」
と言われた。

 そのとおり。侮るなかれ、世間の人は何でもよく知っている。自慢した手前、恥ずかしかった。
 しかしB級ライセンスといえども、これで、思いっきりサーキットを走れる。スピード違反とも無縁。そう思ったら、いきなり車を買い換えたくなった。こういう、いきなりなところが私のいいところか悪いところか、性分である。

 で、買った車が、BMWのM3という、これはちょっと分不相応で贅沢なスポーツカーである。
 一括では到底手の届かない車であったが、ディーラー金利が1%程度と安かったことが拍車をかけて、長期ローンで購入した。
 この車は、見かけは普通のBMWの3シリーズと同じ格好をしているが、エンジンが全く違う。車両代金の半分以上がエンジン代金というくらいの手作業でチューニングされたエンジンが納まっている。どのくらい凄いかというと、24時間耐久レースでは最高峰の「ル・マン」をご存知だろうか。このレースに出場しているマクラーレンF1という車があるが、この車のエンジンと同じといえばお分かりになろうか(正確に言えば、マクラーレンF1は12気筒で、M3はその片肺6気筒を積んでいる。)。

 かくして、せっかくM3を購入したんだから、誰でも取れるB級ライセンスじゃ恥ずかしいってんで、一気に国内A級ライセンスを取ってしまった。これは公式レースに1回出場して、講義を受け、筆記と実技試験をパスしなければ取れないというライセンスだ。とはいえ、手の内を見せれば、これもまた車好きであれば1日で取れてしまうことに変わりはない。

 だから今度は、件の友人に自慢するのは止めた
 賢明な判断だったと思う。

 このM3と国内A級ライセンスを引っ提げて、「少壮弁護士レーサー現る!」とレース界に風雲巻き起こすデビューを飾る・・・はずだったが、長期ローンの残っているM3をサーキットで振り回すほどの根性もなく、レース(もどき)に出場しても、できるだけ他の車から離れてそろそろと走る始末。
 レース中、私の車に近づいてくるやつでもいれば、あっというまにコースを譲って、「ふぅ、危なかった。クワバラ、クワバラ」と呟いたりして。

 結局、車もライセンスも、宝の持ち腐れ状態になったわけだが、しかし逆に、行き着くところに行った感もあり、かえって穏やかに運転できるようになった。以前は、後ろから煽ってくる車があれば、この野郎、てな具合で熱くなってしまったものだが、サーキットでのテクニックを多少ともかじって、M3に乗るようになってからは、「どうぞどうぞ、ササっとお先に行っちゃってください。」とニコニコ道を譲るようになった。
 大人になったものである。

 ただ、こんな車に乗って、順法精神旺盛にニコニコ穏やかに走っているんだと件の友人に言うと、
 「M3やめてカローラにした方がいいんじゃねぇの?」
と、案の定、呆れられた。

 しかし、それなりのスポーツカーというのは、決してスピードを出したり競ったりするためだけにあるものではない。これは冗談抜きに確信しているところであるが、高性能な車というのは普通に走っているときの安全マージンが高いのだ。
 私のM3は340馬力あって、停止状態から時速100キロに達するまでに5秒程度しかかからない。それほどの高出力車であるがために、ブレーキやサスペンションのレベルも普通の車より格段に高い。あっという間に時速100キロに達する代わりに、ブレーキを踏めば時速100キロからわずか2秒程度で完全に停車することができる。
 こういう安全マージンである。

 このことを得々として件の友人に説いたら曰く、
 「でもよ、お前の車は止まれてもよ、後ろの車が止まれねぇんだから、
  結局、オカマ掘られんじゃねぇの?」
と。

 ・・・いやはや、またしても痛いところを突かれた。。。


(東京弁護士会 春秋会ニュースより投稿拙文を修正)

 

 

<東京弁護士会所属>
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<第一東京弁護士会所属>
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