紺屋の白袴
普段、他人の問題や悩みは比較的一刀両断に解決したりアドバイスできたりするわけだが、たまに、自分自身に問題が生じたりすると、これがなかなか解決できない。医者も風邪をひくがごとく、弁護士だって人としての暮らしの中で問題に遭遇することがあるわけだ。
この自分自身が直面した問題ってのは、まあえてして大して深刻な問題ではなく、仮に他人に聞かせれば「うはwどーでもよかw」みたいなもんだったりする。たとえば、晩飯は松屋の牛定にするか、ねぎしの鶏グリルセットにするかみたいな、その程度のレベルだったりする。この程度の問題となると、本当に重大な問題で悩んでいる人たちにとってはすこぶる失礼かもしれないわけだが、ただ、自分のことになると、その程度の問題ですらなかなか回答に辿り着かない。紆余曲折する。
しばらくあれこれ考えていると、おお、これはこういうことだったんだな、そうすると、あーやってこーやって、となんとか解決にたどり着けたりすることも多いのだが、そこにたどり着くまでに右往左往する。およそ一刀両断ではない。自分自身を振り返ると、その右往左往が誠に滑稽であり、そればかりか違う道を曲がったことに後悔することもある。
時々、不遜にもクライアントに「それくらいのことはちゃんとわかっておかないと」みたいなコメントを、つい言ってしまうことがある。いかんなあと思う。
問題を持っていると、出口が見えているんだけれども、いつ辿り着くのか不思議な道のりを歩いている感じはしませんか。やはり他人、つまり代理人だからこそ正しく導ける道のりがある。しかし歩くのは自分自身。
たまには悩んでみるのもいいもんだ。


