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粋であること


IMG_0115.jpg なかなか難しいことだと、思う。


 粋な仕事っぷり、粋な暮らしっぷり、粋な飲みっぷり、果たして粋の正体は何だ。
 人それぞれに「粋」のイメージがあると思うけれども、たいがいの人が「粋ってぇのはさ、あれだよ、あれ、そういうことよ。」と言うしかあるまい。わかっているけど、わからない。


 広辞苑第6版によると、「気持ちや身なりのさっぱりとあかぬけしていて、しかも色気をもっていること」だそうだ。もうひとこえ、「人情の表裏に通じていること」とも書いてある。なるほどなと思う。でもまだだいぶ足りないとも思う。


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 私の大好きな邦画に川島雄三監督の「幕末太陽傳」がある。
 昭和32年のモノクロ作品だが、20年ほど前に観てベタな「粋」を感じた。ストーリー自体が品川心中など落語や講談に題材を取っていてしかも舞台が遊郭だから当然なんだが、その直球にクラっときた覚えがある。「The 粋」である。
 ラストシーンで、フランキー堺演ずる佐平次が田舎旦那に問い詰められて、ほんの一瞬寂しそうな顔をする。この一瞬の表情がすこぶる絶妙な訳だが、そうしてフランキー堺って役者は途方もなく凄いと思ったわけだが、しかし佐平次はすぐキリッと我にかえって、「ええい!地獄も極楽もあるもんかい。あっしゃまだまだ生きるんでぇ!」と抜かして威勢よく走り去ってゆく。ああ、そういえば一瞬にして着た羽織りは粋な曲芸だったな。
 このあたり、観た人でないとわからないだろうが、粋には「やせ我慢」とか「強がり」の美学だとか、或いは諸行無常の仏教的諦観もあるのかと感ずる。しかしこれでもまだ粋の正体には、まったく届いていないはずだ。


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 おそらく他人に対する気遣いを抜きにして粋は成立しないんだろうなとは思う。他人の気持ちを感じ取るから粋になれるんだろうと。そうしてその気持ちの感じ取り方が正しくなくてはならないんだろうなとも思う。これが他人の気持ちをちょいと曲がった方向で感じ取ってしまうと、おそらく無粋になる。


 不惑を越えて久しいから遅ればせながらか或いはまだ早いのか、なお惑いつつ、こういうことを考えてみる。
 なかなか届かないことだと、思う。


 粋であること。