無罪推定 - 法律相談なら弁護士、小川綜合法律事務所へ

法律相談なら弁護士、小川綜合法律事務所へ

 弁護士ブログ・事務局ブログも連載中

無罪推定


muzai_1.jpg
日本には法律がある。

 証拠がなければ被告人を有罪にしてはならないという法律だ。言い換えれば、「アヤシイから有罪」はダメだということだ。

 マスコミの報道によって、世間にはアヤシイ人が毎日登場している。その殆どは後日、裁判によって有罪になっている。アヤシイだけではなかったわけだ。
 しかし松本サリン事件。この事件が起こった当初、すこぶる「アヤシイ人」がいた。マスコミは連日、このアヤシイ人について密着取材した。報道のトーンは、殆ど「こいつが犯人」だ。しかし結局、犯人ではなかった。マスコミは謝罪したが、それだけだった。「こいつが犯人」にされた人の心中はいかばかりか。世間の疑いの目が鋭く突き刺さっていたに違いない。私が逆の立場だったらと考えると身の毛もよだつ。恐ろしい。
 今も相変わらず、マスコミはアヤシイ出来事を安易に報道しては世情をあおり、間違っていれば簡単に撤回して、それでオシマイにする。毎朝、司会者やコメンテーターは、いかにも世間受けしそうな発言をしている。

muzai_2.jpg
 「こんなに怪しいのになんで有罪にしないんでしょうねぇ」という論調のコメント。やめて欲しい。

 アヤシイから有罪にしたいのであれば、法律を改正すべきだ。アヤシイだけでは有罪にしてはいけないという法律がある。そしてその法律には大いに支持できる根拠がある。
 しかしアヤシイ人であればそれだけで処罰されてしかるべきだと言うのが世論の大勢であれば、そういう法改正もありうるのだろう。もちろん、そんな世の中でいいのかどうかは、十分議論した上でだ。

 「99人の犯罪者を逃しても1人の無辜を処罰するなかれ。」 マスコミはこの真意を報道してくれないのか。無辜(ムコ)とは、無実の人のことだ。

 「アヤシイから有罪」意識が根付いているうちは、冤罪事件はなくならない。
 痴漢をやっていなかろうと、相手が信号無視をしたんであろうと、正当防衛であろうと、もう捕まったら最後だ。アヤシイから捕まったわけだから、捕まった段階で既に有罪。そんなことで大丈夫か。他人事ではなく、明日は我が身ということに気付くべきだ。

 ここで、2月にあるブログに投稿した記事を加筆して再掲する。

----------------------------------------------------------

映画「それでもボクはやってない」

 刑事弁護に真剣に向き合ったことのある多くの弁護士から見て、おそらく共通の感想を抱くはずの映画。

 まさに一点の非もなく、正確にこれが今の刑事司法の現実だと思った。

 これは映画ではなくて、ノンフィクションドキュメントだ。
 特に、更新後の裁判官(小日向 文世)が見事な演技だった。ああいう裁判官がほとんど。全員とは言わないけれども、東京地裁の刑事部にはああいう裁判官がいる。所詮、裁判官も検察官も同じ穴の役人かと思わせる場面はいやというほど経験してきた。実際、昨日まで検察官席に座っていた人物が、今日は裁判官席から法廷を睥睨していたりする(判検交流といって正面から認められている制度だ。)。すでに裁判所を支配しているのは、無罪推定ではなく有罪推定だ。裁判所に来るようなやつは悪いやつに決まっているという推定が全員に働いている。

 ただ、だから現状をどう打破できるのか、われわれ刑事弁護に携わる弁護士の力だけではいかんともしがたい刑事司法の高い壁。登っても登っても立ちはだかるあの高い壁。これを知るだけに、映画を見終わって独特の脱力感を伴ったことも事実。刑事裁判を終えたあとの、「あの、いつもの脱力感」だ。
 脱力感をもう何十回も経験してきて、そして最近は脱力感がイヤで刑事弁護からだんだん遠ざかってきてしまった。脱力感を感じるから、高い壁があると思うから、弁護人が気後れする。そして検察や裁判所にナメられる。この積み重ねが今の現実を産んでいるのかもしれない。我々弁護人だって大いに責任がある現状のはずだ。

 取調の可視化や未決勾留者の処遇問題、証拠開示問題、報道による事実認定に対する影響、ぜひ国民全体が問題意識を持ってもらいたいものだ。明日はわが身というのは決して大げさではない。裁判員制度にしても、結局、裁判所が最終的なリーダーシップをとれてしまう以上、制度を始めただけでは根本的な解決になるものではない。
 むしろ民意というお墨付きを国家に与えてしまう可能性すらある。ナチスドイツが、民主主義によって、多数決によって、政権を維持したことは教訓とすべきだ。拍手と喝采は必ずしも正しい道を示さない。

 映画「それでもボクはやってない」
 見終わって一日仕事をしたようにくたびれた。脱力した。