刑事弁護人の役割 


要旨

被告人を弁護するのは国民の総意
 凶悪犯罪者をなぜ弁護するのかという質問がある。
 しかし全て犯罪者には弁護人が選任され、弁護人が弁護することは憲法と刑事訴訟法で定められたこと。これは国民の総意なのに、弁護するのはケシカランという論調こそケシカラン!


解説

 世間の耳目を集める凶悪犯罪。法律に則った手続で犯罪者であることが認定できたのであれば、個人的には、どんどん厳罰に処すればいい。少年だって成人だって、因果応報。人を殺せば殺される(死刑)のはあたりまえ。
 しかし、これはあくまでも犯罪者として認定できればの話。
 皆さん、正式裁判を経ていないのに、マスコミの報道だけで「あいつが犯人か!死刑にしてしまえ!」と熱くなっていないですか? マスコミの報道こそ厳に戒められるべきだと思いますが、報道なんて全部正しいとは限らないんです。かつて松本サリン事件の犯人と誤報されたケースがあったでしょう? マスコミの情報だけで、「あいつを犯人」と決めつけていませんか? こんなのリンチ以外の何ものでもありません。マスコミ報道を鵜呑みにする風潮は、嘆かわしい。
 法治国家というものは、リンチを否定して、適正手続で刑罰権を行使するという建前です。裁判所が犯人と認定するまでは、犯人ではありません。
 そして、この認定は、人が行うものですから、一つの過ちだってあってはいけないのです。だから、検察官と弁護人が、それぞれの角度から光をあてて裁判所に誤りのない判断をしてもらう。そのために、弁護人は「敢えて」アンチテーゼを唱える役割を法律上担わされているんです。
 弁護人個々人の主観としては「こんなのこいつが犯人に決まってんだろ、やってらんねーよ」と思うものもあるかもしれません。でも、弁護人は、アンチテーゼを建てる役目を法律上決められているんだから、仕方ありません。国民がそう決めたんですから。しかも、弁護士の誰かが必ずこの役割を担わなければならない。
 じゃぁ、100%間違いなく「こいつが犯人」というケース、誤判のありえないケースでも、弁護することは意味があるんでしょうか?
 あります。
 それは、「こいつ」のために弁護をしているんじゃないんです。「皆さんが将来冤罪に泣かないように」、たまたま今、弁護している「こいつ」の事件をきっかけとして、刑事裁判制度全体がちゃんと適正手続で遂行されているかどうかを監督している役目でもあるんです。
 どういうことかわかりますか?
 100%「こいつ」が犯人であることは決まり切っているから弁護人はいらないし、裁判も簡単にさっと済ませてしまったら、今後どうなってしまうでしょうか?
 きっと次第に裁判手続は緩やかなものになっていってしまうでしょう。100%だったのが、99%こいつが犯人ならいいや、ということになり、それが98%ならいいやということになり、そして・・・。
 そもそも100%なんてまずないことなんですよ。だから、どんなに明らかな犯人性を持った事件でも、その事件で刑事訴訟の厳格な手続の建前を崩してしまったら、その後来るべき事件で「先例がある」ということで、いい加減な裁判が起こり得ない。
 そんな世の中になってしまって、たまたま身に覚えのない事件であなたが被告人として立件されてしまったらどうします? マスコミに扇動された国民が、あなたをすぐ極刑にせよ!と騒ぎ立てたらどうします? ぞっとするでしょう。これこそリンチです。魔女裁判じゃないでしょうか。
 殺人や強盗などの冤罪事件を思い浮かべてはいけませんよ。もっと身近な、痴漢とか道交法違反などでは、人違いなどによる冤罪事件は意外と多いものなんです。人ごとではありません。そのとき、自分にいい加減な裁判がされたら頭に来るでしょう?
 私はかねてより死刑は賛成ですし、少年犯罪に対しても厳しい見方を持っていますが、そうであるからこそ、刑事手続そのものは絶対厳格に行うべきだという意見も併せ持っています。リンチの声は、絶対に許しません。
 凶悪犯人には弁護人不要というのであれば、憲法と刑事訴訟法を改正してもらわなければなりません。ただし、あなた自身にいつ降りかかるやもしれない冤罪の危険も十分覚悟していただいた上で。
 いいですか、冤罪事件というのは、一般の人の目には触れなくても、当事者として関わってみると意外とあるもんなんです。あなたが、いつ身に覚えのない咎で警察に逮捕されるかも知れない。未だ見ぬあなたのその悔しい思いを、万が一でも護るために、個人的には引き受けたくなくても、われわれ弁護士は、刑事弁護を引き受けて刑事手続の適正を維持・監督しているのです。
 「悪人の弁護をするのはなぜ?」と聞かれるのが嫌で、刑事弁護は一切やらないという弁護士も多いというのは事実です。
 しかし私は、刑事弁護は国民に対する弁護士の義務と心得て、国選弁護人を進んで引き受けています。刑事弁護は、弁護士として「やらなければならない」仕事なんです。金や時間の問題ではない。
 検察が犯罪者を訴追するのはあたりまえ。むしろ、嫌な仕事を引き受けざるを得ない弁護士こそ、応援して欲しいものです。


補足


 現在継続している某宗教団体の刑事弁護人たち。凶悪人の弁護をしているということで、顧問先にも離れられ、民事の依頼も少ないんだとか。気の毒な話ですね。適正手続を護るために、将来の国民のために、弁護活動をしているようなものなのに(かの事件で当の被告人たちが極刑を免れそうもないことは薄々わかっているんじゃないですか)。
 しかも、彼らは、国選弁護人ですよ。国からお願いされて弁護人を引き受けてあげているんです。被告人たちから頼まれているわけでも金をもらっているわけでもない。
 それを極めて安い国選弁護報酬で一生懸命弁護している。でも、その弁護がケシカランと、検察ばかりが裁判官までもが白い目で見る。
 しかし、裁判官が選任した弁護人たちなんですから、裁判官、自分でお願いしておいて、弁護活動がいいの悪いのいうっていうのはおかしいんじゃないでしょうか。
 裁判の長期化は確かに由々しきことです。でも長期化するのを避けるために、刑事手続を簡素化することは本末転倒です。そもそも、マスコミで取り上げられる事件は、大事件が殆どだから長期化するのは当たり前なんです。
 9割以上の刑事裁判は、1回の公判で結審してすぐに判決宣告となる印象ですから、そんなに何ヶ月もかかるものではありません。およそ刑事裁判は時間がかかるという考え方は誤っています。
 日本の刑事裁判は、悲しいかな、検察寄りの印象を持たれても仕方がありません。

 





<東京弁護士会所属>
弁護士 小 川 義 龍
<第一東京弁護士会所属>
弁護士 遠 藤 幸 子

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